ほりみりおから見た世界

オリジナルスケジュールノートと、より良い明日のための深い思いの発信基地

色々とごちゃごちゃしてきたので、ここでいったん立ち止まって考えてみようと思う

ここ5年近く、わたしの中の知識量は加速度的に増えている。

 

これは純粋にそれだけ世界の情報量が増大したからともいえるかもしれないが、それだけではないと思う。

 

これまでまったくしてこなかった読書というものをするようになり、いろんなセミナーに足を運び、いろんな人に出会ってきた。

その中で学んだこと、得たものが化学反応を起こし、そこからまた新たな出会いがあり・・・と、とにかく自分から情報を取りに行ったのがここ5年のわたしだった。

 

わたしの中の知識量が加速度的に増えたのは、この「自分から取りに行く姿勢」がもたらしたものだと思う。

 

そしてこの知識の増大は、わたしの価値観のボラティリティーを非常に大きくしている。特にここ数年は、社会の価値観そのものがドラスティックに変動している過渡期にあるのでなおさらだ。

 

そこで今回は、わたしが今、過去・現在・未来についてどのように考えているか、自分なりにまとめる回にしようと思う。この考察が、読者が「これからどう、生きるのか」を考える一助になれば幸いである。

 

 

 

1.仕事とセクシュアリティーについて 

 

まずは「仕事とセクシュアリティー」について考えていこうと思う。

 

過去のエントリーでも書いたが、わたしは生物学的には男性だが、自分が男性だとは思っていない。かといって、女性だと言い切れるほどのものでもないと思っているという、非常に微妙な立場である(専門的には「Xジェンダー」に分類されるのだろうが、用語の定義や何に分類されるかという議論は本筋から外れるので割愛する)。

 

そんなわたしは、仕事をするにあたって色々と壁に直面することもあるのだが、もっとも象徴的な例として「髪」を挙げて説明しようと思う。

 

 

わたしは昔から人と関わる仕事、いわゆるBtoC型の仕事をしてきたので、他の職業と比べてもとりわけ「髪」については制限が多い。

 

わたしは戸籍上男性なので、従うルールも当然男性のものとなり、耳が隠れるような長髪は許されない。でもわたしは、自分が男性的な短髪であることが嫌なので、ここでルールとの衝突が発生する。

 

「ルールを受け入れる」か、「セクシュアリティーを優先する」か。

 

前の会社を辞めるまでは「セクシュアリティーを優先する」が自分の答えだと思っていたが、実は今の会社に入社するにあたって、髪をばっさりカットしている。

 

なぜそういうことが起こったのか考えてみたところ、どうやらわたしは「髪を切ってまでそこで働く価値があるかどうか」という基準で、髪をどうするか決定していたようである。

 

前の会社を卑下するつもりは毛頭ない(むしろ前の会社も素晴らしい会社だと思っている)が、今の会社はわたしが長年「働きたい!」と思っていた業界の会社であり、しかもそのなかでも特に入りたいと思っていた会社だった。

 

「そんな会社に入れるんだったら、髪だって切りますよ!!」

 

というのが、わたしの回答だったのだ。

 

髪を伸ばせるチャンスは自分の意志次第でいくらでも作れるが、志望企業に入るチャンスはなかなか作れるものじゃない。だったら髪だって切る。

 

なんだかんだで、わたしにとって「セクシュアリティー」というものは、その程度のものに過ぎなかったのだと思った。

 

むしろ、それにこれまで10年もの歳月を費やしてきたのかと考えると、なんてもったいない時間の使い方をしたのだろうかとさえ思えてくるのだ。

 

 

予め断っておくが、これはあくまでわたしの場合である。

 

セクシュアリティーは十人十色で、「髪を切るなんて死んでも嫌だ」と思っている人もいるので、わたしの価値観がすべてのセクシャルマイノリティに当てはまるわけではないということは、何が何でも覚えておいていただきたい。

 

 

 

2.お金の使い方 

 

ここ最近、わたしは合理主義で物事を選択・決定していることが多い。とにかく何事も論理で考え、もっとも自分にとって利益の見込めるであろう選択をしている。

 

「お金」については特にそうで、現在は「お金を使う」という行動についてかなり慎重である。有利子負債があるので、それをチャラにすることが最優先と考えると、とにかく下手にお金は使いたくないのだ。

 

とはいえ、最低限のお金しか使わないというのは考えものだ。わたしだって旅行したり、人と交流したり、美味しいものを食べたり、ステキなお洋服を着たりしたいのだ。それを抑えてまで有利子負債をチャラにしようとするのは無理がある。継続できず、不満が爆発してろくでもない消費をしてしまうのがオチだ。

 

そう考えたときに重要になってくるのが、「心の豊かさ」だ。

心の豊かさを担保しつつ、経済合理性の観点から有利子負債を減らしていくことが、最も良い選択なのだ。

 

有利子負債を減らすには、「収入を増やす」か「支出を減らす」かの二択しかないのだが、わたしは現在「収入を増やす」という選択をしている。収入を増やせば可処分所得が増えるので、それによって有利子負債返済ペースを早めようという算段だ。

 

 

ところが、この選択をする場合に気をつけなければならない事がある。

 

なんの手立てもせずにただ収入を増やすと、支出も連動して増えてしまうのだ。

 

そこでわたしは、「収入は増やすけど、支出は増やさないようにしよう」と心に決めている。実際に100%履行できるかどうかは別として、意識するのとしないのとでは大違いである。

 

ただ意識だけでは不十分であると思ったので、もう一つ策を打っておいた。

 

「支出を増やさない代わりに、支出の質を上げる」ことにしたのだ。

 

どういうことかというと、例えばわたしが毎月洋服に10,000円かけていたとするならば、これまで2,500円の服を4着買っていたところを、5,000円の服2着に減らすのだ。

 

 

ショッパホリックには難しいだろうが、幸いわたしはウィンドウショッピングで十分楽しめちゃう人間なので問題ない。

 

そして最近気づいたことなのだが、点数を絞ると、本当に「これイイ!」って思わない限り、買わなくなるのだ。

 

結果「この服買いに行こう!」と思って出かけても「思ったほどじゃなかったー」となって、何も買わずに帰ってくるということがザラにあるのだ。

 

ちなみに少し前にZARAでセールで買った服があったのだが、微妙だったので処分しようと思っている。ZARAに限らず、セール品には無闇に手を出さないほうが良い。だいたい安物買いの銭失いになる。

 

 

 

だいぶ長くなってしまったので、ここで一旦切って、まとめに入ろうと思う。

 

 

  • セクシュアリティーより、自分のやりたいこと優先。やりたいことのためなら、大抵のことは何とでもなるものだ。
  • 合理主義のもと選択・決定をすることは大事だが、心の豊かさまで犠牲にしてはいけない。
  • 買うものの数を減らすことで、下手な買い物が出来なくなり、結果支出が減少する。
  • セール品はたいてい「安物買いの銭失い」になるので、手を出さない方が良い。

 

 

これらが、今回出たテーマにおける、わたしの現在の価値観である。

 

今回はじめての試みだったが、結構頭の中も整理出来るので、ぜひみなさんもやってみていただきたい。

書いて文字にすることで、自分への戒めにもなると思う。