ほりみりおから見た世界

オリジナルスケジュールノートと、より良い明日のための深い思いの発信基地

現実に押しつぶされそうなとき

 「やっていることが、うまくいかない・・・」

 「大失敗だ。もう終わりだ・・・」

 

 人生を生きていると、そんな場面に出くわすこともあるよね。

 

 

 私はどうかって?

 

 「うまくいかない。もうダメだ・・・」

 

 そう思うことなんてしょっちゅうだよ。

 2、3日に1回ぐらい、そんな絶望感を味わうこともある。

 

 私だって、人間だもん。みんなと同じように、楽しいときには笑い、悲しいときには泣く。辛い時には、弱音を吐きたくもなる。もしかしたらみんな以上に浮き沈みが激しいかもしれない。

 

 今こうやって文章を書く人になって、手帳を作る人になって、朝活を主催とかするようにもなった。でも正直、うまくいかないことばかり。10やったら、1はうまく行くけど、残りの9はうまく行かない。

 

 正直、辛いよ?悔しいよ?

 

 「なんで、自分にはこんなこともできないんだ」って、

 

 絶望にも似た感情を味わうことだってある。

 

 

 今まで自分が生きてきた軌跡、自分史を、私はよく知っている。それを精査して、107ページにもわたる自分史を書いてきたんだから。でも、そんな私でさえも、最近感じる辛さだとか、悔しさだとかは、今まで感じてきたことがないものなんだよね。そのへんは自分の経験の浅さを痛感して、「やっぱりまだ若いんだな〜」って感じちゃう。

 

 

 いままでも「辛い」とか、「苦しい」とか、感じてきたことはある。

 

 でもその時の「辛い」とか、「苦しい」は、いつも周りの誰かのせいにしていた。

 

 「自分が○○されるから、自分は今、辛い」

 「世の中がこんなだから、自分は今、苦しい」

 

 そういうときに感じる「辛い」とか、「苦しい」とかって、どうしても「諦め」に似た感情が支配する。「自分にはどうしようもない」っていう。

 

 その先に待っているのは怠惰か、自己否定。

 

 「どうしようもないから、なにもしない」

 「こんな私は最悪だ、ダメ人間だ」

 

 そんな感情が支配してしまう。

 

 

 でも、最近私が感じている辛さや、悔しさってのは、それとは全くちがう。

 

 「なんで上手くいかないの?」

 「こうしたいのに、どうしてできないの?」

 

 それは下手したら、自己否定にもつながりかねない感情かもしれない。

 

 

 でも、それで感じるのは、

 

 「悔しい」ってこと。

 

 

 悔しい。

 

 悔しい。

 

 すごい悔しい。

 

 こんなに頑張ってるのに。

 

 こんなに努力してるのに。

 

 なんで上手くいかないの?

 

 悔しい。

 

 

 この「悔しさ」というものの存在こそが、私が生まれ変わっている証でもあるんじゃないかって、そう思う。

 

 今までどおりの私だったら、「悔しい」とは思わなかった。きっとまた誰かのせいにして、「悪いのは自分じゃない」って、逃げてた。何かのせいにすることで、自己を正当化しようとした。

 

 でも、そうじゃない。

 

 自分が「これをやりたい」って思って、それで進んでいって、壁にぶつかって、心が折れそうになって・・・。自分から動いていって、そこで辛さが、悔しさがやってくる。

 

 今の私は、自分の行動に対して「結果が悪いのは、自分に原因がある」ということを理解していて、「今までは人のせいにしてきた」ということを理解していて、それを自分の中に落とし込むことができている。

 

 それって、すごい勇気が要ること。

 

 人間には自己防衛本能が備わっていて、自分に危機が迫ってくると、自分を守ろうとする。その能力こそが、今まで人類を絶滅から守ってきたし、そうすることで人は命をつないでくることができた。だから人は、どうしても自分に責任が降りかかろうとすると、他人のせいだとか、周りの何かのせいにして、自分を守ろうとしてしまう。

 

 「自分の責任を認める」ということは、人間の本能に逆らうことなんだ。だからそれを乗り越えることって、勇気が要る。

 

 でも、それを乗り越えないと、人は成長はできない。自分の問題だと認識できてはじめて、その問題と真正面から向き合うことができて、そうしてはじめて次のステップが見えてくる。

 

 でも、それってとっても辛いことだし、苦しいこと。だから余計に、人は逃げたくなってしまう。また誰かのせいに、何かのせいにしたくなってしまう。

 

 でも、今の私に「逃げる」という選択肢はない。壁にぶつかっている。それはとても辛くて、苦しいことで、それをなかなか乗り越えられない自分が悔しい。それでも逃げない。

 

 なぜなら、それが私が本当にやりたいことだから。達成したい夢だから。

 

 自分のいる世界が、

 

 この世界が、

 

 より楽しく、

 

 明るいものになる。

 

 それを絶対に叶えたいから。

 

 そして、まずは自分を、その世界に連れて行く。

 

 そのために、私は自分の手帳を、朝活を、「書く」ということを続けている。

 

 それで、うまくいかないこともある。悩むこともいっぱいある。

 

 悔しい。

 

 悔しい。

 

 そんな気持ちが、私を悲しみに沈めることもある。

 

 

 それでも私は、何度でも立ち上がる。

 

 たとえ身体がボロボロでも、

 

 私のために、

 

 私を支えてくれているみんなのために、

 

 この世界のために、

 

 たとえ地を這ってでも、

 

 私は前に進む。

 

 

 ときに現実は冷酷で、残酷だ。その強大な力ゆえに、現実に押しつぶされそうになることもある。

 

 そんなとき私は、自分をいたわる。

 

 現実に押し潰されそうなときほど、自分は自分と向き合えている。本気で生きている。本気だからこそ、悔しいし、辛い。本気じゃなかったら、悔しくなんかない。「まあこんなもんか」で終わってしまう。

 

 悔しいということは、そこで燃えている魂が本物だという証なんだ。

 

 だから私は、たとえ辛くても、うまくいかなくて悔しい思いをしても、「これは今の方向で間違っていないという証なんだ」と自分をいたわりながら、前に進み続ける。

 

 そうやって本気で魂を燃やしいていく人が一人、また一人と増えていったら、この世界はもっと面白いものになるような、そんな気がしてならない。そして、そんな世界は、人と人が憎しみ争う世界ではない。そこで繰り広げられる争いは、運動会で子供が勝ちを争うような平和に満ちた争いであり、それを見ている人の心が熱くなったり、ほんのりあたたまるものなのだ。

 

 

 人間は、感情というものを認識できる。

 

 だったらそれを最大限味わおう。

 

 「辛い」

 

 「悔しい」

 

 そんなときは、その辛さや悔しさを思う存分味わって、思いっきり涙を流そう。

 

 そうやって感情を味わい尽くしたら、そこではじめて、これからどうするかに向き合えばいい。

 

 本気の涙のあとに見えてくるのは、「なんとかしてこの困難を乗り越えてやろう」っていう、本気の気持ちだ。

 

 大丈夫。

 

 あなたは、現実から逃げない立派な勇者なんだから。