ほりみりおから見た世界

オリジナルスケジュールノートと、より良い明日のための深い思いの発信基地

自分らしく生きよう♪ 〜じぶんのことはじぶんで決めようじゃないか〜

『自分らしく生きよう♪』だけだと、よくあるタイトルになっちゃうから、長ったらしい副題つけてみました。

 

今わたしは、特急列車の車内、小さな机にタブレットと小さなBluetoothキーボードを置いて、この記事を書いてます(※途中から自宅で書いてます)。

まだまだ真冬と呼ぶにふさわしい気温ですが、ブラウスの第2ボタンを外して編集してます。

車内が暑いのもありますが、こっちのほうが開放感(解放感)あって好きです。

 

開放感といえば、先日これまであまりはかなかったスカートをはいたときも、開放感ありましたね。

MtFトランスジェンダーなのですが、最初慣れてないと周りの目とか気にしちゃいがち。

でも、どこの誰かも知らない赤の他人のことなんて、周りはほとんど気にしてないものなので、今ではそこまで気にすることもなく普通に生活してます。

 

 

さて、話が脱線したようにも感じますが、実はこれ、今回の本題に関わるお話。

わたしがブラウスの第2ボタン外してるときも、スカートはいてるときも、開放感とは別にもう一つ、感じることがあります。

 

それは、「本来の自分に戻った」感がめちゃくちゃあるということ。

 

この感覚こそが、「自分らしく生きる」ためには非常にキーになってくるのです。

 

 

自分でもなかなか気づかなかったのですが、わたしはかつて、自分を社会や周りに合わせすぎていて、日々疲れていました。

最初は「都会のせわしなさに心身が疲れている」と勘違いし、「田舎いいなぁ」とか思ったりしたものですが、紐解いていくとそれは「ありのままで生きられないこと」が原因でした。

 

そして、なぜありのままで生きられないかを考えたとき、①セクシュアリティの課題、②経済的課題、③「時間が足りない」病の3つの課題にたどり着きました。

 

課題の詳細について述べると、それだけで1課題1記事書けてしまうので、詳細はまた後日に譲りますが、それぞれを解決していく過程で、先述の「本来の自分に戻った」感をたびたび感じました。

 

そして、これらの課題には共通がありました。

「すべては自分でつけた鎖であった」ということです。

 

「あれをやってはいけない」「これをやってはいけない」——。

 

たしかにそれらは親や先生、会社の上司やその他色んな人に植え付けられたものかもしれませんが、それを守るか破るかは自分次第です。自分より偉い人の言葉というだけで「それを守らなければいけない」という感覚に陥りがちですが、本当は守らなくてもいいのです。

 

試験問題の正解は1つかもしれませんが、生き方の正解は1つではありません。偉い人が「正解はAだ」と言っても、自分にとっての正解は「B」かもしれない。それに、その偉い人は経験則でAと言っているのかもしれませんが、そもそもAという選択肢自体が時代遅れになっている可能性だってあります。

 

だから結局のところ、「〇〇すべきだ」「××すべきでない」という鎖は、自分でつけることも、外すこともできるのです。もしその鎖が自分の首を絞めているいるなら、さっさとそんな鎖外してしまえばいい。それが『自分らしく生きる』ということです。じぶんのことはじぶんで決めようじゃないか。

 

 

さて、スカートもそこまで意識せずはけるようになったし、今年の夏は人生初のオフショルにでも挑戦してみようかな。そんなことを考えてたら、「脱毛サロンにも通わなきゃ」と連想ゲームがはじまり、ことしのわたしは何だか『自分らしさ』が例年以上に急成長な気がしてます。

 

ただ、わたしの実年齢を知っている人から「オフショルなんて、年甲斐もなく…」という呆れ声が聞こえてきそう。

 

でも、大丈夫!

そしたら、こういい返してやるんです。

 

「『年甲斐もなく』?

自分の年齢は、自分で決めるもんだよ!」

ってね♪